走塁はプロの選手でなくてもできることだ。プロになるには野球の技術、それは大まかに言って打撃技術、守備技術、投げる技術の3つに優れること。走塁は全員がプロではないということだ。高校生にも劣る走力のプロだっていくらもいる。野球のプロとは3つが優れることを言うのだ。野球を知っていれば、ホームまで一生懸命走ることも、ランナーに早く還って来いと指示を出すこともできる。プロでなくてもできることをプロがミスしてしまっては大チョンボということになる。
ONが去り、スター不在が長く続くと、他のスポーツの台頭とともに野球人気の衰えが危惧されることとなった。そこへ彗星のごとく出現したイチロー。見たことのないプレーに心を躍らせた。そして少子の時代に現れたのは、異次元スケールの大谷。どの時代もその時代に合わせたスターたちが、戦後復興、高度経済成長、野球人気衰退、少子と時代だからこそ、心を鷲掴みにする。
プロは盗塁を仕掛ける時、キャッチャーを見る達人がいると聞く。ボールから目を離すのは勇気がいると思われるが、これは対戦が多いプロは各個人のデータを集めているのでできる業なのか。盗塁を仕掛ける気がなければ、そもそもリードがいらない。ピッチャーがこっちへ投げてこないとわかってから、それはキャッチャーへ投げるとわかった時点から第二リードをとれば、一緒だからだ。
どの戦い方で強者を決めることが、真の優勝なのか。消耗戦なら勝つけど、一発勝負なら負ける。トーナメントの妙で勝敗が転じ、長丁場のリーグ戦では戦い方が変わる。一発勝負で勝つのが本当の強者か、連戦を勝ち抜くチーム力が求められるのか。数十試合負けようが、ひとつ勝ち数が多いチームが優勝となるプロのペナントレースか。


