道具はそれを扱う人のためを考える。道具をつくる人たちは、それを使う人をやっつけるためにやるとなると、陰謀という見方になり、その人のために作ることが正義だ。すると、道具は必ず、扱いやすいように作られてゆくことになる。バットなら打者のため、グローブは野手のため。ピッチャーのためにバットは作られないし、打者のためにグローブを作らない。全ての道具は扱う人のために作り、だから性能は常に良くなっていく。未来に渡ってまた道具は変わっていくし、許可や禁止のものが出てくるだろう。だから今、悪とされるものも実はそう悪でもない、というものも出てくるかもしれない。
2025-1-14 幾度となく聞かされる「流れ」というフレーズⅡ
流れは、こっちにある。じゃあそっちが勝つのですね。それは分からない。流れを引き戻せばわからないから。じゃあ、結局、流れなんてないのじゃないか。それが試合でしょ、それが勝負でしょ、それが実力でしょ。お互いに勝つための攻防をしている結果であって、流れで済ますものじゃない。勝とうと、相手を負かそうとする者だけが相対しているのだから、それは「流れ」ではなく、勝負であり、実力が結果を決める。「流れ」を根拠に解説とするなら誰にでもできる。神様の仕業と言っているのと変わらない。
2025-1-16 幾度となく聞かされる「流れ」というフレーズⅢ
結局、実力伯仲だから接戦になっているということだ。点が入らなかったり、奪ったり、阻止したり、与えちゃったり、それが試合だ。「流れ」を持ち出しても、結果が逆にいけば、流れをやらなかった、と言い出す。すると、流れが変わるかもしれない、とまで言い出す、そもそも流れがそっちにあったのか。流れが行ったり来たり。結局流れがないという事だ。
2025-1-17 野球選手になりたかったんじゃない イチローになりたかった 再録
日本が高度経済成長の中、その象徴として人々を熱狂させたON。バブルがはじけ、サッカー人気に押される中、登場したイチロー。この時、イチローが現れなかったら野球はどうなっていたか。今の若い一流野球選手の多くに影響を与え、野球の道へいざなった。そして、今、大谷に至るまで随所随所でスターが現れても、幼少の野球少年の目標であり、憧れでありつづけた。野球界の危機を救い、野球関連産業、野球人気の復興に寄与した功績は計り知れない。今の野球選手もイチローがいなければ、野球をやっていない可能性すらある。野球選手にとどまらず、あらゆる世界のアスリートに目標にされ、影響を与えた。安打世界記録更新の偉業の時は野球界にとどまらず、各界のアスリートから尊敬の念をこめた祝福の嵐だった。イチローがいなかったら、ゆとり教育の時代を通過し、ハラスメントや体罰に敏感になった今次、前時代的な封建の仕組みを残す高校野球が今の姿で存在できたのだろうかとさえ思えてしまう。もっと前に愛想をつかされ、野球離れが深刻になり、高校野球は受け入れ態勢をとり、全体の体制が変わっていた可能性もあるのではないかと思える。


