2メートルを超える大男が今より1.5倍もの速い球を投げれば角度がつくし、すぐに到達するので以前の野球をは全く別物になるはずだ。違うことをする競技は身体に合わせなければ、競技性が失われる可能性が出てくるわけだ。というか競技そのものの性質が変わる。打ち返すことが野球ではなくなるし、点を獲ることが野球ではなくミス待ちになるとか。
東大野球部はがんばっている。だが、それは東大生だから向けられることばだ。それは日本に一握りしか存在しない東大入学を果たした頭脳明晰な君たちにはそれだけで敬意を表するということだから。野球推薦だったらこうはならない。いくら野球をがんばっていても「頑張っているよ」という掛け声にはならない。当然だからだ。逆を言えば、野球ということだけに関して言えば「頑張っているよ」ということばは敗者への慰めであり、敗けて当然と見ていることを前提にしていることであり、善戦しさえすればいい、という投げかけだ。
サイズに合わせたパフォーマンス比較が出来ないのはそんな暇がないからという理由だ。ボクシングは道具が少ないし、1対1なので時間も場所も提供できるから階級制が採用できる。野球は人の数、場所、時間と段違いに要するので階級別などやっている暇がない。階級制とも言える高校野球が人気があるのはそういう目で見るから、最高峰の迫力からは遠くなるものの、惹きつけられる。
確かに、菊池が悠然と帰塁して、菊池本人が即座に中島を避けただけですよというアピールをすることが最善であり、そうしていたらアウトでなかったかもしれない。ではあるものの、菊池としてはセーフになる可能性がある帰塁を選択したことも責められない。菊池が慌てて戻ったことを審判団が理由にしなかったのはよかった。そこを理由にしていたら、一気に審判団のミスということになる。慌てて戻ろうが、悠然と戻ろうが、戻り方など選手の勝手だから。そこを理由にしたら、あとからの言い訳になってしまう。あくまで、オーバーランに進塁の意思を見つけなければいけない。


