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木曜連載5回目。
これまでの内容は、
2017-5-11 全ての生活を野球がうまく強くなることだけに費やす一流 文武両道の幻影
2017-5-18 全ての生活を野球がうまく強くなることだけに費やす一流 文武両道の幻影Ⅱ
2017-5-25 全ての生活を野球がうまく強くなることだけに費やす一流 文武両道の幻影Ⅲ
2017-6-1 全ての生活を野球がうまく強くなることだけに費やす一流 文武両道の幻影Ⅳ
明徳が松井を5打席敬遠した時も、勝負にこだわり
馬淵監督は世間からの非難に対して、今でも正しかったと思うと発言している。
これは、勝負にこだわること、勝つことに執念を燃やすことこそ
そこに生きる選手へ一番の教育であり、とるべき行動と判断したからだ。
同時に、これこそが野球ビジネスを証明した瞬間でもあった。
この時は、世間からのあまりに大きな反響のため10代の高校生には重すぎて、
つぶされるほどになってしまい教育とは受け止められず、選手は後悔が先に立ってしまった。
甲子園に毎回出るような強豪校は大会が多いが、そうでないほとんどの高校は、大会が待ち遠しい。
基本、年間2回しかチャンスがなく、一度負けてしまえば終わりだ。
年間スケジュールが詰まっているのではなく、ひと大会のスケジュール自体が詰まっているのだ。
一気に優勝チームを決めなきゃいけない日程は見直すべきなのだが、
100年間何を言われようが変えてこなかったのだから、これからも変わらないだろう。
野球人生は高校時代で完成するものではない。
そもそも高校野球は、本来、野球選手の育成を目的としていない。
ただ、ここまで巨大になった高校野球文化を文武両道や高校の部活動という意識だけで
仕組みをつくっている現状は、歪と矛盾が多く存在する。
野球の技術向上や野球選手育成という目的の仕組みも考えざるを得ないし、
ファンもそこを求めている人は多い。
高校野球らしさのファンばかりじゃないということだ。
一方で、夏の甲子園一発勝負による涙という展開が、野球素人をも惹きつけてきた。
ここにメスを入れることは、
野球ファンではないが、高校野球ファンである多くの人が望む仕組みが薄くなってしまう。
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