たとえば無死ランナー1,2塁でライナー性の打球が外野の前に飛んだとする。2塁ランナーはセンスがよく、打球は必ず落ちると一瞬で判断した。センスのない選手だったら捕られるかもと迷うような打球だ。しかし、勢いよくスタートした2塁ランナーは、3塁を回ったところですでに、誰もがセーフを確信するほどとなる。すると、外野手はホームへ返球することを諦め、内野手にボールを返してしまう。こうなると1塁ランナーは2塁止まりということになる。これが、スタートに遅れ、ぎりぎりのタイミングだったら外野手は点をやるまいとホームへ投げてくる。すると後ろのランナーは、3進できるし、クロスプレーでキャッチャーがこぼせば、もしくは、外野手が慌てて捕球できなければ、あるいは、送球が大きくそれれば、1塁ランナーがホームへ還ってくる可能性もあり、打者走者までスコアリングポジションに進め、大量得点のチャンスが生まれることになるのだ。
何と言っても高校野球は高校生の部活動に過ぎないからだ。選手たちからしてみれば、アマチュアの俺達の活動にごちゃごちゃ外部から乗り込んで来るなということだ。普段は大半が、気に留める程度にしか意識していないのに、夏になった途端、感動をくださいは調子が良すぎる。高校生の学校の活動に突然、踏み込んできていい権利を手にしたかのような態度になるのだ。高校生の当事者に言わせれば、俺達の部活動にいちいち首を突っ込んでくるなよ、人に見せるためにやっているんじゃないんだ、と言いたくなる。
エースを全試合に投げさせることができる日程をベストとするなら難しいことではない。日程に余裕をもたせるのに問題となることは何だろう。球場の確保と期間が長くなることでのコストだろう。しかし、これだけ文化として根付いた高校野球にはどちらも多くの協力が得られるものと思われ、克服出来るように思われる。期間が長くなることで、大会への興味や熱が下がることはどうだろう。これについては、毎日、試合があった方が間延びしないで入り込める。だから1日の試合数を少なくして毎日やって、期間を延ばせばいいように思われる。
2021-5-27 日程緩和すれば登板回避はなくなるⅢ 高校野球のシステムは技術の向上は目的としない
抗議を許さないというこうとは、言ってみれば審判に好きに判定すること許すということであり、自由なのだ。抗議があると思えば、心理として慎重になる。面倒くさいから間違えないようにしようともなる。しかし、高校野球は技術の進展を目的としていないので、それでいいと判断されている。10代の若者が大人の判断に文句を言うなど人間育成に反するという判断だ。10代の若者の技術の向上を考えれば、高校野球のシステムに頼っているだけでは伸展は小さい。
常勝軍団にまで育ててくれ、いまだに福岡に残っている王に対して何らかのけじめをつけたのだろうか。巨人ファンはそこをはっきりさせてくれなければ、恨みに思っているはずだ。たまごまで投げつけたのだから、もうそろそろ巨人に返せと言いたいのではないか。
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